4.(6) 漁業被害額の算定法に係る問題
魚食性の鳥による水産被害の算定法についてはカワウのものが比較的よく知られている。たとえば、平成25年度の水産庁が各都道府県に宛てた通知(注1)では、被害額の算定式が次のように示されている。
カワウの飛来数 × 1羽あたり1日の捕食量(500g) × 捕食される魚種別重量比 × 魚種別単価
この式はアオサギがカワウ同様に魚食性であることから、アオサギの被害額を求める際にも用いられることがある。しかし、これは単純な式であるがゆえに正確さに欠け、アオサギに安易に流用されると実際の被害額との間に大幅な誤差を生じかねない。ここでは当式をアオサギに適用する場合の注意点について記す。なお、一部の項目はカワウにも該当する。
・1羽あたり1日の捕食量はカワウとアオサギでは当然異なる。この値は申請者によってまちまちで、たとえば長野県A市では200g、鳥取県B市では450g、また今回問い合わせたある漁協では500〜600gと見積もっていた。これまでのところアオサギの捕食量を厳密に調べた研究はないが、当研究会では成鳥1羽が1日に必要とする餌量を268gと見積もっている(注2)。ただし、育雛期(約2ヶ月)はこれにヒナへの給餌量が加算されるため、ヒナの餌要求量のピーク時には成鳥の捕食量は倍増することが予想される。もっとも、育雛初期や巣立ち間近の時期には、親鳥はごく僅かな餌しか与えないため、育雛期を通して給餌量が多いわけではない。このように、アオサギの捕食量は時期によって大きく変化することから、繁殖期を含む長期にわたる捕食量を計算する場合は、時期を区切った上でそれぞれの時期に見合った捕食量を当てはめる必要がある。
・アオサギはカワウと異なり自然河川の魚だけを捕食しているわけではない。その餌場は水田や湿地、海岸などあらゆる水域に及び、魚をはじめとする多様な水生生物を獲るほか、陸域に生息する昆虫、鳥類、小型ほ乳類等を捕食することも稀ではない。また、利用する餌場は常に決まっているわけではなく、季節、時間帯、気象条件等によって変わるのが普通である。このため、一時期のみの目撃情報をもとに常に同じ河川に留まっていると考えるべきではない。
・アオサギはカワウ同様、商用価値のある魚種のみを捕食しているわけではない。たとえば、駆除申請の多いアユの場合、稚アユの放流直後や天然アユの遡上時には集中的にアユを捕食することもあり得るが、基本的にアユは多くの餌種のうちの一種に過ぎない。とくにアオサギの場合は遊泳魚だけでなく動きの少ないハゼなどの底生魚を狙うことも多い。したがって、すべての捕食を経済的被害に直結させて考えるのは間違いである。
・アオサギが捕食しない場合でもさまざまな要因で魚の個体数は減少する。必然的にアオサギの捕食量にはこの減少分が常に一定量含まれることになる。したがって、アオサギが有用魚を捕食している場合でも、その一部はアオサギの捕食以外を原因とする減少分とみなすべきであり、すべてをアオサギによる被害として見積もるのは不当である。
・アオサギの採餌は天候や河川の状況に大きく影響され、条件が悪くまったく餌が獲れない日も多い。たとえば前述の漁協ではアオサギの飛来日数を365日として計算していたが、現実にはそうしたことは起こり得ない。
被害額に駆除の正当な根拠を求めるのであれば、こうした細かな点に配慮した計算は不可欠であり、以上の点が考慮されていない場合は、被害額が相当に過大評価されているとみなすべきである。上記事項を考慮した場合と考慮しなかった場合とでは、その結果に数十倍の差が生じたとしても不思議ではない。申請書類に被害額の算定式が用いられているからといって無条件に認めるのではなく、実際の被害状況に近づけるための計算上の配慮が十分かどうかについて入念な審査が必要である。
(注1)平成25年5月14日付けで、水産庁から各都道府県に宛てて通知された「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律に基づく被害防止計画の作成におけるカワウによる漁業被害金額の算定方法について」。
(注2)アオサギに近縁な種の体重と捕食量の相関式に、アオサギ成鳥の体重(1.5kg)を当てはめて計算した。計算式は以下の文献に示されたものを用いた。Kushlan, J. A. 1978. Feeding ecology of wading birds. pp.249-296 in Wading birds (A. Sprunt, Jr., J. C. Ogden, and S. Winckler, Eds.). National Audubon Society, New York.