4.(7) 予察捕獲に係る問題
駆除を行うためには事前に生息状況を把握しておくことが不可欠であるが、予察捕獲においては状況把握になお一層の入念さが求められる。しかし、既に何度も指摘したとおり、都道府県、市町村を問わず、アオサギに関しては生息状況調査がほとんど行われていない(4.(1)参照)。こうした状況にもかかわらず予察捕獲が許可されているのは、アオサギの保護上、極めて憂慮すべき事態といえる。また、防止計画での予察捕獲の位置付けについても十分に理解されているとは言えず、不要な駆除が行われる余地を多分に残している。なお、本項では、予察捕獲と区別するため、予察を伴わない駆除については対処捕獲の語を用いる。
予察捕獲については、指針で「被害等のおそれがある場合に実施する予察による有害鳥獣捕獲」と定義されており、狩猟鳥獣をはじめとした一部の鳥獣(注1)が予察捕獲可能な鳥獣として指定されている。アオサギは平成19年度告示の指針からこの一部鳥獣のリストに加えられ、国としてはアオサギの予察捕獲を認めることとなった。
もっとも、国の示した指針とは別に、都道府県は現行の第11次鳥獣保護事業計画においてそれぞれ異なった判断を示している(付表4)。具体的には、8県がアオサギの予察捕獲を許可するとの立場を文中に明示しており、逆に、18都県(注2)は許可しないとの立場を明らかにしている。それ以外の道府県については同計画に予察捕獲の可否を判断できる文言は確認できなかった。ただし、可否不明の自治体のうち12道府県は予察表にアオサギを含めていることから、これら自治体についてはアオサギの予察捕獲を認めている公算が大きいと思われる(注3)。
ところで、予察捕獲を行うにあたっては予察表が必要となるが、指針では、予察表は過去5年間の鳥獣の生息状況の調査結果に基づいて作成するようにとの基準が示されている。これに対して、都道府県の鳥獣保護事業計画では、18府県がこれとほぼ同様の基準(2県は5年間を3年間に変更)を設けているが、その他ほとんどの自治体は調査についての言及すらないのが実情である。なお、指針同様の基準を示している18府県についても、実際に生息状況調査を行っているのは福井県のみである(ただし、アオサギの予察捕獲を認めていない等の理由で必ずしも生息状況調査が必要でないところもある)。
一方、予察捕獲を許可していない18都県については、市町村の予察についての認知度を高め、予察捕獲が許可されていないことを周知徹底することが求められる。とりわけ、市町村が防止計画を策定している場合には、計画での駆除が予察捕獲として実施されることのないよう十分に注意する必要がある。市町村は予察について必ずしも十分に理解しているとはいえず、担当者によっては予察という単語すら知らない場合がある。都道府県はこうした市町村の実態を十分に認識しておくべきである。
平成24年10月に総務省が公表した「鳥獣被害防止対策に関する行政評価・監視結果報告書」では、防止計画とその運用を巡る問題点が多数指摘されている。そこで挙げられた問題の多くはアオサギについても同様に当てはまるものである。ただし、同報告書は予察捕獲の問題についてはとくに取り上げていない。これは特措法が予察捕獲の概念を取り入れてないためであるが、このことは防止計画での駆除が予察捕獲と無関係であることを必ずしも意味しない。たとえば、環境省から都道府県に宛てられた鳥獣保護法の運用に係る通知(注4)には、防止計画で駆除数を設定するにあたって、対象鳥獣が都道府県の特定鳥獣保護管理計画の対象となっていない場合は、指針に示された予察による有害鳥獣捕獲の考え方等を参考にするようにとの指示がある。これを見ても防止計画が想定している捕獲様式が基本的に予察捕獲もしくはそれに類似したものであることは明らかである。にもかかわらず、特措法に捕獲様式の規定が無く、鳥獣保護法と特措法の間で予察捕獲についての考え方が共有できていないことは、鳥獣保護事業計画と防止計画の整合性を保つ上で無視できない懸念材料といえる。
とりわけ問題なのは、防止計画の記載様式が予察捕獲での駆除を前提にしているかのような体裁になっていることである。とくに捕獲計画数や被害軽減目標が実数で記される場合は、これを予察捕獲でないとみなすことのほうが難しい。たとえば、予察を許可していない18都県のうち、管内の市町村が防止計画を立てているところは5県(愛知県、三重県、奈良県、山口県、長崎県)であったが、このうち三重県以外の4県は、市町村の防止計画において捕獲計画数をいずれも実数で記入(注5)しており、さらに愛知県の1市と山口県の3市は、被害金額等の軽減目標も同様に実数で示していた。この件について各県の担当者に尋ねたところ、当該表記は防止計画の様式に従ったもので、数値は過去の実績等から推定される見積もりを示したものに過ぎず、防止計画におけるアオサギの駆除はあくまで対処捕獲であるとの説明であった。また、市町村の見解も県とほぼ同様であった(注6)。しかし、常識的な感覚からすれば、これは不用かつ不合理な表記とみなされても仕方のないものである。
ところで、アオサギに関する防止計画を策定している市町村は全国に54市あるが、このうち12市の計画ではアオサギの捕獲計画数は空欄かもしくはバー記号で記されている(表2)。指針では、予察捕獲を行う場合は捕獲数の上限を設定するように求めていることから、捕獲数の表記の無いこれらの市町村は予察捕獲を想定していない(すなわち対処捕獲または防除)とみなすのが妥当である。この他、「必要数」と記載している長野県B市や、捕獲は「必要と判断される場合に限る」との条件を加えている新潟県C市(資料4)は、いずれも対処捕獲とみなせる。対処捕獲(または防除)を行う場合はこうした表記が妥当であり、様式に捕獲計画数の記載箇所があるからという理由で無理に実数を記入する必要はない。なお、これについては、防止計画の作成に係る留意事項を記した農林水産省の通知(注7)にも、必ずしもすべての事項を記入する必要はないとの指示がある。
今回の調査では、都道府県、市町村にかかわらず、予察捕獲に関する規定を十分に理解していない担当者や、予察捕獲と対処捕獲の区別ができていない担当者が少なくなかった。また、都道府県によっては、鳥獣管理を担当する部署と農林水産被害を担当する部署の間で情報の共有がほとんどできておらず、防止計画で行われる駆除を管轄外とみなし実施状況を把握していなかったり、そもそも特措法の内容を十分に理解していない担当者も珍しくなかった。特措法における予察捕獲の扱いが判然としない中にあって、このような自治体が予察捕獲の制度を正しく運用できているとはとても思われない。
予察捕獲は不用意に行うと鳥獣の生息状況に多大な悪影響を及ぼしかねない特殊な捕獲様式である。予察捕獲を行うにあたっては、鳥獣の生息状況を的確に把握しなければならないのはもちろんであるが、同時に予察捕獲の制度についての徹底的な理解が欠かせない。とりわけ防止計画にもとづく駆除においては捕獲様式が錯誤されやすい状況にあるため、誤った制度運用がないよう特別の注意を払うべきである。
(注1)第11次指針では以下の鳥獣が該当する。狩猟鳥獣、ダイサギ、コサギ、アオサギ、トビ、ウソ、オナガ、ニホンザル、特定外来生物である外来鳥獣、その他の外来鳥獣等(タイワンシロガシラ、カワラバト(ドバト)、ノヤギ等)。
(注2)18都県のうち7県はアオサギの予察捕獲を許可しないとする一方、鳥獣保護事業計画の許可基準の設定においては「特に慎重に取り扱う」べき対象鳥獣からアオサギを除外している。
(注3)予察表は防除のために活用されることもあり必ずしも予察捕獲のみを目的に作成されるものではない。たとえば、宮城県と埼玉県は予察表にアオサギを含めているがアオサギの予察捕獲は許可していない。したがって、12道府県の中には予察表に種名を挙げてはいるが予察捕獲を許可しないとの立場をとっている自治体が含まれる可能性がある。
(注4)環境省自然環境局野生生物課長から各都道府県鳥獣行政担当部(局)長に宛てられた通知「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律の施行に伴う鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律等の運用について」(平成20年2月21日付け)において、「特定鳥獣保護管理計画又はそれに相当する計画等がない場合においては、農林水産業等に係る被害の実態を踏まえ、例えば鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針(平成19年環境省告示第3号)の「Ⅱ鳥獣保護事業計画の作成に関する事項」の「第四 鳥獣の捕獲等及び鳥獣の卵の採取等の許可に関する事項」に示す被害等のおそれがある場合に実施する予察による有害鳥獣捕獲の考え方等を参考に適切に判断されたい。」との記載がある。
(注5)防止計画には駆除ではなく防除を目的としたものも含められてれる。このため、アオサギに関する計画を防除に限定している奈良県D市では計画駆除数についての記載はない。
(注6)市町村への質問は愛知県の1市と山口県の3市のみに行った。
(注7)農林水産省生産局長通知「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律に基づく被害防止計画の作成の推進について」(平成20年2月21日付け、平成24年6月29日一部改正)において、「別記様式第1号の3から8までに係る事項については、必ずしもすべての事項を記入する必要はなく、被害防止計画を作成する市町村(以下「当該市町村」という。)が取り組む事項のみを記入すればよいものとする。」と記されている。なお、別記様式第1号とは防止計画の雛形であり、同号の3に捕獲計画数の記載欄がある。