忠志コロニー
端野町忠志、常呂川の河畔林にあったが現在は放棄されている。コロニーのあった辺りは山間に民家と畑が点在する場所であり、周辺はマツの植林が多い山で囲まれている。コロニーのあった正確な場所は不明である。また、このコロニーが形成された年や消滅した年についても全く分からない。
北見市の小野勝弘氏によれば、1970年代前半頃にこのコロニーを確認したということで、当時の規模は6巣程度であったという。コロニー放棄の原因については不明である。
端野町忠志、常呂川の河畔林にあったが現在は放棄されている。コロニーのあった辺りは山間に民家と畑が点在する場所であり、周辺はマツの植林が多い山で囲まれている。コロニーのあった正確な場所は不明である。また、このコロニーが形成された年や消滅した年についても全く分からない。
北見市の小野勝弘氏によれば、1970年代前半頃にこのコロニーを確認したということで、当時の規模は6巣程度であったという。コロニー放棄の原因については不明である。