北海道におけるアオサギの生息状況に関する報告

Status Report of Grey Herons in Hokkaido

考察とまとめ

Ⅰ 営巣地の分布に影響する要因について

(1)餌場環境

アオサギは基本的に魚食性の鳥なので、餌場として水辺のある環境が必要である。アオサギにとくに好まれる採餌環境は、沿岸部の浅瀬、大河川の河口部、湿地、および海沿いにできた堰き止め湖などで、その多くは沿岸部に分布している。結果としてアオサギのコロニーも、人為的な影響が皆無であれば、海沿いに分布するものと思われる。今回の調査でも早い時期につくられたコロニーは海沿いに分布しているものが多い。

一方、人為的な餌場環境で最も大きな影響力をもつのは水田である。水田を餌場として利用することにより、アオサギの生息域は内陸にも大きく広がったと考えられる。ただし、水田はアオサギの繁殖期間を通して利用できる餌場ではないので、同時に恒常的に利用できる河川などの水辺が必要である。したがって、内陸におけるコロニーの分布は河川沿いに伸張していく場合が多い。とくに、天塩川、十勝川、石狩川といった大河川ではこの傾向が顕著である。なお、内陸では養魚場の近くにコロニーができることもあるが、規模としては小さく、道内のコロニー分布を大きく左右するような要素にはなっていない。

水田や養魚場のように人為的につくられた餌場環境が増えた一方で、自然の餌場は開発等の影響で大きく減らされてきた。今回の調査でも、湿地の埋め立てや河川の直線化などの影響でコロニーが消滅したと推測される事例が数ヶ所で確認できた。また、消滅までには至らなくても、そうした開発の影響で餌場環境が劣悪化し、営巣規模が縮小したコロニーは他にも多数あると思われる。

餌場の規模や質は、営巣地選定の上で最も重要視されるものであるとともに、収容できる個体数を実質的に決定するものであり、アオサギの保護管理を議論する上で必要不可欠な重要事項である。今回の調査では、営巣場所の環境を把握することに重点を置き、餌場についての調査はほとんど行わなかったが、今後は餌場環境やその利用状況についても各コロニーごとに今回と同レベルの詳細な調査が必要と考える。

(2)外敵による脅威

アオサギにとって最大の脅威は人間である。これまで人間は餌場環境を改変するだけでなく、営巣場所の存続そのものにも直接関わってきた。道内でも多くのコロニーが営巣林の伐採によって消滅ないし移動している。また、人間がコロニーに直接害を与えなくても、コロニーに近付くことで、カラスによる卵やヒナの捕食を誘発していることは多い。

人間以外でアオサギの脅威となっているものは、道内の野生動物の中では主にオジロワシとヒグマである。このうちオジロワシは、道北や道東地域でアオサギに様々な被害をもたらしている。被害の多くはコロニーを襲撃し、巣に残されたヒナを襲うというものであるが、採餌場で幼鳥や成鳥を襲ったケースもいくつか確認されている。オジロワシが原因でコロニーが消滅、ないし移動したと思われる場所も道内に複数ある。ただし、アオサギを襲うという行動は全てのオジロワシがもっているものではなく、個々のオジロワシでアオサギへの対応は異なるようである。また、アオサギの餌場環境として適当な水域があるにもかかわらずアオサギが繁殖していない場所では、オジロワシの存在がアオサギの生息を妨げている可能性もある。このように、オジロワシについてはアオサギの生息状況に広範囲で影響している可能性が高いと考えられる。なお、オオワシについてはアオサギへの被害が全く無いわけではないが、基本的には道内に留まる時期がアオサギと重ならないので、一般的な脅威とはなっていないようである。

ヒグマについては、オジロワシほど一般的ではないが、アオサギに対する影響は無視できない。現在のところ、ヒグマによる襲撃が原因でコロニーが移動した事例は、確実な証拠があるものは一件だけである。しかし、ブイ上での営巣や水没したヤナギ林での営巣など尋常でない営巣形態が数ヶ所で見られており、これらは地上性の捕食者を避けるための対抗措置と考えられる。このような普通でない営巣形態が、ヒグマが存在することにより引き起こされた可能性は高い。現在のところ、ヒグマは全ての個体がアオサギを襲う習性を身につけているわけではないと思われるが、今後アオサギとヒグマが遭遇を繰り返す中でそうした習性をもつヒグマが増えると、生息範囲が広いだけにアオサギへの影響が大きくなる可能性は高いと考えられる。

地上性捕食者では、ヒグマとともに重要なものとしてアライグマが挙げられる。道内では、コロニーが放棄された原因としてアライグマが疑われている事例が一件あるが、これについては、アオサギを襲ったことが明確に証明されたわけではなく、現状では飽くまで可能性として検討されるべきものである。しかしながら、もしアライグマによるコロニーの襲撃が現実に起こっていたとすれば、その影響はヒグマによるアオサギへの影響に匹敵するものであり、とくにアライグマの生息分布が近年急速に拡大していることを考え合わせると、アオサギへの影響は今後ますます増大する可能性が高いと思われる。

以上挙げてきた3種は、それぞれが異なる生息域を持っている。すなわち、オジロワシは主に海沿い、ヒグマは山林、アライグマはより人間の生活圏に近い場所である。道内においてこれら全ての脅威を排除できる環境は極めて限られているといえる。近年、アオサギの営巣地が市街へ進出しているのもこうした状況と無縁ではないだろう。このように、アオサギのコロニーの分布や生息状況は、これらの種の存在により大きく影響されていると考えられる。したがって、アオサギの生息地の保全を検討する上では、これらの種の生息状況やアオサギに対する行動等について十分に認識しておくことが必要である。

(3)営巣場所の条件

アオサギが営巣場所を選ぶ際には、餌場と外敵からの安全が確保されることが必要であるが、それだけでは必ずしも十分ではない。営巣場所やその周辺環境についても一定の条件を満たしている必要がある。

最近ではブイなど特殊な場所に営巣する例も見られるようになったが、国内のアオサギは基本的には樹上で営巣する。したがって、営巣にまず必要なのは見通しの良い一定面積以上の林である。この他に必要な条件としては、巣材(主に地上に落ちている小枝)が容易に得られる開けた場所や、適当な水辺がコロニー周辺にあることが挙げられる。なお、この水辺については、春先の重要な餌場になることはあるが必ずしも主要な餌場である必要はない。この水辺の機能については十分に解明されているわけではないが、たとえば、強風を凌ぐための一時的な避難場所や、巣立ち期の幼鳥が初めて自力で採餌する場などとして利用されており、時期や状況によっては重要な意味をもつものと考えられる。

このように、営巣場所の保全は営巣林そのものだけでなく、周辺環境についてもセットで考慮する必要がある。また、人為的にコロニーを移設するにあたって代替営巣地を選定する際にも、これらの要素は必要条件として考慮されるべきだろう。

営巣木の選択性については、樹種のレベルでは特別な傾向を見い出すことはできなかったが、巣をかけやすい樹形をもつ樹種や、外敵、とくに地上性捕食者からの防御に有利な樹種はあると思われる。林のタイプとしては針葉樹の孤立林が好まれる傾向があったが、道内では針葉樹林であることと孤立林であることは同一であることが多く、どちらの要素がアオサギにとって重要なのかは判別できなかった。これらについては今後詳細な検討が必要であろう。なお、道内において孤立した針葉樹林は私有林であることが多く、人間とのトラブルが発生しやすいので、アオサギと人間の利害をいかに調整をしていくかが今後の大きな課題であろう。

Ⅱ アオサギ生息数増加の原因について

この件については、今回の調査ではとくに課題としなかったので明確な答えは持ち合わせていない。しかし、個体数の調節に関連があると思われる知見はいくらか得られたのでここに記しておきたい。 個体数増加の理由として可能性のあるもののひとつは、水田が餌場環境として利用価値が増してきたということである。これは水田で使用される農薬が以前にくらべ毒性の低いものに転換されてきたことに関係している。この結果、アオサギの餌となるドジョウやオタマジャクシなどの水生生物が増え、またそれらを食べたアオサギが中毒死することも減ったと推測される。しかし、一方では、圃場整備(用水路へのU字ピットの嵌め込みなど)が行われたことにより水生生物が生息環境を奪われているという状況もあり、また、水田の面積そのものは減反により減り続けている。これらのことを考慮すると、餌場環境としての水田の収容力が総体的に増したかどうかを判断するのは難しい。また、水田のある地域だけでなく、水田の無い道北や道東地域においてもアオサギの生息数が増加していることから、水田の利用価値の変化がアオサギ個体数の増減に直接作用したとは考えにくい。

次に考えられるのは地球温暖化の影響である。北海道の場合、営巣場所として成立するためには、春先に餌場を確保できることが必要条件のひとつであるが、温暖化により水面の解氷時期が早まり、春先の餌場が増えることで繁殖地として利用できる場所が増えた可能性がある。さらに、工場や温泉の温排水が人為的に開氷面を作り出していることもこうした状況を助長していると推測される。

考えられるもうひとつの理由は冬季の餌資源量の増加である。これは、北海道のアオサギの越冬地と考えられる本州以南の地域でブラックバスが増えたことに関係している。アオサギと同じ魚食性のカワウは近年その個体数が激増しているが、その原因のひとつがブラックバスであるとの指摘がある。アオサギの場合はカワウのように水に潜って採餌することはないが、ブラックバスは在来魚とは異なり冬期間でも水面近くを泳いでいるので、アオサギにとっては格好の餌になっている可能性がある。アオサギの場合、最大の死亡要因は冬季の餌不足による餓死であるとされているが、ブラックバスが増えたことにより冬季の餌供給量が増え、死亡率の低下が繁殖個体数を増加させた可能性は高い。ただし、北海道のアオサギの越冬地についてはほとんど調査されていないため、東南アジア方面まで渡っている可能性も否定できず、そうした場合、この理由はほとんど説得力を持たないといえる。

このように、いくつかの理由が考えられるが、いずれの理由も状況から推測したものに過ぎず、実態を把握するにはほど遠い状態である。この問題の答えを得るためには、北海道など地域単位の調査だけでなく、広域で連携した調査体勢を敷き、アオサギの渡りルートや広域での餌場環境の変化などを包括的に調査する必要があるだろう。

Ⅲ アオサギと人との間に生じる問題について

(1)養魚場における駆除

アオサギが人に与える被害の中で一件あたりの経済的損失が最も大きいのは養魚場での被害である。しかし、養魚場の絶対数が少なく被害地域が局所的であるため、被害の深刻さの割には関心が払われにくい。そうした状況もあって、養魚場被害に対する行政の取り組みは十分なものとはいえず、個々の被害に場当たり的に対処しているのが現状と思われる。

今回の調査では、食害への対抗措置としてアオサギの駆除を行っている養魚場が何件かあったが、駆除が効果をあげていると見られる養魚場は少なかった。また、アオサギの駆除を申請するには被害額の算定を行う必要があるが、これは自己申告によるためその算定方法は曖昧で、見積もられた被害額は実際よりも過大に評価されることが多いと思われる。また、駆除の効果についても事後の客観的な検証が行われていないなど問題は多い。行政はこうした課題に対処した上で、十分に効果があると認められる場合に限って駆除を許可すべきであると考える。また、アオサギの生息状況を見ると、今後被害が減る可能性は少なく、駆除の申請も引き続き行われると思われるが、現在の対処療法的なやり方では徒にアオサギが殺されるだけで何ら根本的な解決にはなっていないのが実情である。今後は被害防止対策への補助など駆除に代わる効果的で抜本的な対策を早急に検討する必要があると考える。

なお、駆除の実態については今回は十分な調査を行わなかったが、道の資料によると、道内の駆除数は1998年が9羽で、その後1羽(1999年)、27羽(2000年)、25羽(2001年)となっている。2000年以降、駆除数が激増したわけであるが、これは同年に鳥獣保護法が改正され、駆除の許認可権限が国から道へ移行したことが影響している可能性がある。この件に関しては、駆除数の増加が単に被害の増加によるものなのか、あるいは手続きの簡素化によるものなのかについて、個別状況を検証することでその実態を明らかにする必要があるだろう。

(2)水田での被害

水田の被害については、一件当たりの被害額が少ないため、養魚場のように駆除が申請されるほどの深刻な事態には至っていない。しかし、アオサギの行動圏内であれば全ての水田は被害を受ける可能性があり、アオサギの被害の中では最も被害件数が多いと推測される。現在のところ、効果的な防除手段があるわけではないが、まずは被害の実態について客観的な調査が必要だろう。

(3)営巣木への糞害

アオサギの営巣木に対する作用は、枝を折るなど直接的なものと糞を介した間接的なものがある。このうち、影響力がより大きいと思われるのは後者である。糞による営巣木への影響としては、糞が葉に付着することで光合成が阻害されるという影響と、糞が土壌の性質を変えることで水分や養分の取り込みが阻害されるという影響がある。糞によるこれらの作用は、営巣木の樹種やコロニーの立地する場所の地形、土壌、気候(とくに雨量)などによって大きく変わるものと予想される。

今回の調査では、営巣木の枯損の程度について十分な調査を行っておらず、営巣木のダメージと環境要因との関係を推し量ることはできなかった。しかし、アオサギから影響を受けにくい林の条件については、林の将来的な経済的損失を見積もったり、適当な代替営巣地を選定したりする際にも必要となる要素であり、アオサギ営巣地の保全という観点からも今後早急に研究が必要といえよう。

(4)営巣地の保護状況

アオサギは普通種であるため、人々の営巣地の保全に対する意識は高いとは言えず、大規模でよく知られた営巣地を除けば保護されている営巣地はほとんどないのが現状である。このため、営巣林が伐採の危機に晒されることも希ではなく、周囲の関心がないまま伐採されたコロニーが何ヶ所もある。しかし、一方で地域の住民が反対するなどして伐採が中止されたコロニーも多い。このように、コロニーが存続するかどうかは、アオサギに関心を持つ人が地域にいるかどうかで左右されているのが現状である。さらに、道内の営巣地は私有林につくられることが近年とくに多くなっており、伐採の危険性がより高まっているといえる。

本報告書では、こうした状況に対処するための、具体的で体系的な保護管理の方法を提唱する。その詳細については次節で改めて述べることとしたい。

Ⅳ アオサギの個体群および営巣地の保全について

(1)広域における個体群構造の考え方

アオサギの個体群および営巣地を効果的に保護管理するためには、広域における個体群構造を理解しておく必要があるが、これについてはほとんど研究されておらず、その実態は不明な点が多い。そうした中、Matsunaga et al. (2000)が提唱した広域個体群構造のモデルは、メタ個体群構造の考え方を下地にしたもので、理論的に不完全なところがあるものの、コロニー分布の変遷を大雑把に理解する上では有効なモデルだと考えられる。そこで、本報告書ではこのモデルに則して話を進めることとしたい。

このモデルの要点は次のようなものである。

1. 同一地域にあるコロニーは、地域の環境変化に伴ってコロニー間で個体の移出入が起こる。

2. 同一地域のコロニーは、「コアコロニー」と「サテライトコロニー」によって構成される。

3. コアコロニーは、安全で恒久的に利用できる営巣場所と豊富な餌資源が安定して確保できる餌場を有し、周辺地域の環境が悪化した場合でも基本的にその存在が脅かされることはない。

4. コアコロニーは、周辺地域の環境が良好な場合には、余剰個体を放出することでサテライトコロニーを形成する。

5. 以上のしくみにより、同一地域の個体群は環境変化に柔軟に対応することができ、広域における個体群の安定化に寄与している。

なお、本報告書では、コアコロニーとサテライトコロニーから成る、地域的、歴史的にまとまりのある一群のコロニーを、便宜的に「広域コロニー群」と呼ぶ。

(2)保護管理の指針

アオサギ個体群を効果的に保全するためには、広域コロニー群単位で保護管理するのが望ましい。広域コロニー群の核となるコアコロニーは、優れた環境を有することから長期間存続し、周辺環境の変化に対し抵抗力のあるコロニーである。したがって、本来、コアコロニーとはそれ自体安定なものであるが、現在の道内ではこれらコアコロニーとしての条件を完全に満たすコロニーはわずかしか存在しない。しかし、本報告書ではそれらの条件を全て満たさなくても、周辺コロニーへの影響力が強く広域コロニー群の核として位置付けられる場合には便宜的にコアコロニーとみなすこととする。

広域コロニー群におけるコアコロニーの役割は先の定義で述べた通りで、コアコロニーに変化が生じると広域コロニー群全体が不安定になる恐れがある。また、万一コアコロニーが消失するような事態になれば、過去の事例から推測して、より人間の生活圏に近い場所に複数のコロニーがつくられ、人間との新たなトラブルが生じる可能性が高くなる。さらに、コロニーが分散し小規模化することで、本来アオサギが群れることで保有している様々な機能が劣化し、個体群としての環境適応能力が低下することが懸念される(これらについては次項で改めて述べる)。したがって、こうした状況を回避し、広域コロニー群を安定した状態に保全するためには、コアコロニーの保全は最優先で取り組むべき課題であるといえる。

以下に、道内の各広域コロニー群における現在のコアコロニーを示す。

宗谷広域コロニー群      ペンケ沼、名寄

網走広域コロニー群      網走湖

根室広域コロニー群      標津

釧路広域コロニー群      塘路湖

十勝広域コロニー群      吉野

上川広域コロニー群      嵐山

留萌広域コロニー群      留萌

石狩・空知広域コロニー群   平岡、砂川

胆振・日高広域コロニー群   沼の端

後志広域コロニー群      なし

渡島・檜山広域コロニー群   じゅんさい沼

これらコアコロニーのうち、昔から一貫してコアコロニーであり続けている網走湖コロニーは、北海道のコロニーの中でも厳格に保護すべき最も重要なコロニーといえる。また、ペンケ沼とじゅんさい沼の両コロニーは、コアコロニーとしての重要性だけでなく、北海道に本来あった主要な営巣形態のひとつ(湿原のハンノキ林)を継承しているという点で貴重な存在である。幸いなことに、これら3コロニーはいずれも公有地(ペンケ沼と網走湖は国有、じゅんさい沼は道有)にあるうえ、国立公園ないし国定公園、さらに鳥獣保護区内でもあるので、営巣場所が人為的に破壊される恐れはまず無いものと考えられる。しかしながら、これら3ヶ所以外は、公有林2ヶ所、私有林7ヶ所となっており、コロニーを保護するために個人が買い取った名寄コロニーや、同様に町が借り上げている標津コロニーの他は、必ずしも積極的には保護されていないのが実情である。したがって、これらのコロニーは所有者の意向で営巣木が伐採される恐れが無いとは言えず、今後の動向をとくに注視していく必要がある。伐採の計画がある場合には、可能であれば道や自治体が林の買い取りや借り上げを行い営巣林を保全することが望ましいが、それが不可能な場合や、アオサギの営巣が周辺住民との間に深刻な問題を引き起こし、アオサギに場所を引き払ってもらう以外に方法が無い場合は、現在のコロニーの近くに適当な代替営巣地を選定してコロニーを人為的に移設するなど次善の策をとる必要がある。コロニーの移設は安易にとられるべき手段ではないが、もしどうしても必要な場合は、あらかじめ適切な代替営巣地を選定し、確実に成功するよう周到な準備をしなければならない。

上記以外のいわゆるサテライトコロニーについては、可能であればコアコロニーと同じ対応が望ましいが、そうでなければ、広域コロニー群の安定性への寄与の度合いを考慮し、どの範囲までなら人為的な影響を許容できるかを的確に判断する必要がある。なお、寄与の度合いは、コロニーの規模や継続年数、周辺コロニーとの位置関係などから総合的に判定すべきものである。

このように、コロニーの保護については一律の基準を設けるのではなく、広域コロニー群の中で対象コロニーがどのような位置付けにあるのかを見極め、コロニーごとに異なった保護管理策をとる必要がある。したがって、常に実情に見合った対応ができるよう、少なくとも5年ごとに全道規模で営巣数調査が必要と考える。また、コアコロニーについては、毎年、営巣数のモニタリングを行うのが望ましい。

(3)その他の留意事項など

アオサギの個体群および生息地の保全を図る上では、集団営巣性という特性を常に考慮していなければならない。集団で営巣を行うということは、多くの個体が一ヶ所に集中するということであり、営巣場所においては局所的な環境の変化であっても、その影響は個体群全体に及ぶことになる。このことは、第4回自然環境保全基礎調査の一環として行なわれた「鳥類の集団繁殖地及び集団ねぐらの全国分布調査」(環境庁 1994)でも指摘されており、「集団繁殖地やねぐらの環境が破壊された場合には、その地域に生息する個体群全体が大きな影響を受けることになる。その結果、ごく小さな環境の変化によっても個体数が大規模に減少する可能性が他の種にくらべて高くなっていると思われる」という記載がある。

また、集団営巣性の鳥においては、集団でいることにより生活上あるいは生存上必要な様々な機能が維持されているわけであるが、そうした機能の効力は基本的に群れサイズに依存しているため、集団の規模が縮小すると機能の劣化が起こり、結果的に環境の変化に対し脆弱な個体群になる。したがって、地域全体で見た場合、たとえ全体の個体数が増加していたとしても、群れサイズの小さな個体群に分散しているのであれば、全体としての安定性は必ずしも増したことにならないということに留意すべきである。

本来、アオサギが営巣地として最初に選んだ場所は、地域の中では営巣に最も適した場所とみなせるから、その営巣地が放棄されると新たに移動した場所でそれまでと同じコロニーの規模を維持するのは難しいと考えられる。道内のコロニー分布の変遷を見ても、ひとつの大規模コロニーが消滅した後は、複数の小規模なコロニーに分散する傾向がある。以上のような観点から、アオサギの個体群を健全な状態で保全するには、集団の規模が縮小することのないように営巣場所(とくにコアコロニー)の保護管理を徹底する必要があるといえる。

また、道内のコロニー分布の変遷を見ると、コロニーが消滅後、別の場所に移動する際には、それまでより人間の生活圏に近いところに新たなコロニーができる場合がほとんどであり、このことがアオサギと人間のトラブルを増やす原因にもなっている。さらに、消滅に伴って複数のコロニーに分散した場合は、それだけ人間の生活圏と接触する範囲が増えるため、人とアオサギとの摩擦が生じる機会も増大することになる。したがって、営巣場所の保護は、アオサギと人間の不要なトラブルを避けるという意味でも必要であるといえる。

この他、アオサギの保護管理を考える上で留意しなければならないものとしてカワウの問題がある。道内ではカワウはごく最近まで営巣が確認されていなかったが、現在では少なくとも天塩川とじゅんさい沼の2ヶ所で繁殖が確認されており、このうちじゅんさい沼ではカワウはアオサギと混合コロニーをつくっている。カワウについては、今後、道内に生息域を広げる可能性が高いと思われ、アオサギとの混合コロニーも増えることが予想される。カワウはアオサギに比べ人間とのトラブルが起きやすいと思われるので、場合によってはアオサギの営巣場所の保全がアオサギ単独で考えられる問題ではなくなる恐れがある。したがって、今後はカワウの動向を注意して見守ると同時に、カワウとアオサギの研究者が情報を交換するなどして両者の総括的な保護管理政策を検討する必要があると考える。

最後に、1989年に道が策定した「北海道自然環境保全指針」について触れておきたい。この指針では「保全を図るべき自然地域」を要素別に分類しているが、この中で、「圏域的視野における評価に基づくすぐれた自然の要素」としてアオサギ集団繁殖地が、また、「北海道的視野における評価に基づくすぐれた自然の要素」としてアオサギ主要集団繁殖地が選定されている。本報告書で示した12ヶ所のコアコロニーは、多少ニュアンスが異なるが、ここでいうアオサギ主要集団繁殖地に相当するものである。ただし、指針が策定されてからすでに16年が経っており、また本報告書とは選定基準も異なることから、指針が取り上げたコロニーと本報告書が示したコアコロニーは必ずしも一致するものではない。

Ⅴ コロニーに対する関わり方について

アオサギは警戒心の強い鳥で、営巣期に外部から意図的な刺激が加わると、繁殖活動に悪影響があるだけでなく、コロニーが放棄される場合もあるとされている。アオサギが警戒するのは、オジロワシやヒグマなどの捕食者はもちろんであるが、人についても同様である。人の場合は直接アオサギに危害を加えなくても、警戒した親鳥が巣を離れることで、巣に残された卵やヒナがカラスに捕食されることは多い。したがって、営巣期にアオサギのコロニーに必要以上に接近することは極力避けなければならない。

なお、営巣中のアオサギが人を警戒しはじめる距離は一般にはおおよそ100m程度であるが、これはコロニーの位置する環境によって大幅に異なり、人間の生活圏に近いコロニーほどその距離は短くなる傾向がある。たとえば、通常、周囲に人の姿を見ることが全く無い場所であれば150mの距離があっても警戒される場合もあるし、普段から人の往来に慣れている住宅地のコロニーであれば、10mまで近付いても警戒されない場合もある。アオサギは捕食者や人があまりに接近しすぎると巣を離れて飛び去ってしまうが、それ以前に首をまっすぐに伸ばして近付いてくる対象を凝視する時間がある。この姿勢が見られれば、それ以上コロニーに近付くべきではない。

しかしながら、アオサギの生息地を保全するためには、何よりもアオサギの存在をより多くの人に身近に感じてもらうことが必要であり、そういう意味ではコロニーの存在はできるだけオープンにすべきであると考える。コロニーの場所等についての情報が公開されれば、コロニーに近付く人は増え、またそのことでアオサギの繁殖に悪影響が及ぶ事態も増えると予想されるが、それよりもむしろアオサギに対して関心を持つ人が増えることで、アオサギの保護や生息環境の保全に対する意識が高まるというメリットのほうが大きいものと考える。ただし、コロニーによっては情報を公開することによるデメリットのほうが大きい場合も考えられるので、コロニーの実情に見合った対処をすることが必要である。加えて、とくに私有林においては林の所有者の意向に十分配慮する必要がある。

Ⅵ 営巣数調査の有効性と新たな調査手法ついて

道内のいくつかのコロニーにおいては、過去に個別に営巣数の調査が行われてきた。そのうちの一部は、抱卵する親やヒナのいる巣を数えることで実際の営巣数を求めたものであったが、その他は、営巣期終了後、とくに落葉後にコロニーに入り巣の数をカウントしたものであった。後者の場合、実際に営巣を確認することはできないため、巣の状態からその年の利用の有無を推測し営巣数を見積もっている場合が多い。しかし、その見積もりに正確さを求めるのは非常に難しいと言わざるを得ない。たとえば、繁殖期終了後の巣は風などで徐々に崩壊するし、子育てが早く終了した巣は、周囲の子育て中の親により巣材を抜き取られることがある。また、極めて稚拙につくられた巣でも最後まで子育てが行われていたり、ほとんど壊れていない大きな巣が全く使われていない古巣であったりする。さらに、巣の大きさや見た目は、巣材の種類や積雪量など土地の環境によっても大きく変わるので、一律の基準を設けて営巣の有無を判断するのはほとんど不可能である。

このように、正確な営巣数を求めるためには非繁殖期の調査では不十分であるが、かといって繁殖期にコロニーに入るのはアオサギの営巣活動を著しく阻害することになり、最悪の場合は営巣が放棄される可能性もあるので極力避けるべきである。そこで、営巣数を正確に見積もるための次善の策が必要となるが、効率的に調査がおこなえ比較的精度の高いデータが得られるものとして航空写真を利用する方法がある。従来、航空写真というとセスナやラジコンヘリを使わなければならず、金銭的、技術的に簡易な手法とは言えなかったが、最近では簡単に操作できる数万円程度の調査用機材が開発されている。調査場所の環境によっては使用できない場合も考えられるし、アオサギの繁殖活動への影響を十分に見極める必要があるなど課題は残されているが、繰り返し使用するのであれば今後の有力な調査手法として利用価値は高いものと思われる。