4.(10) 繁殖期の駆除に係る問題
繁殖期における駆除の実施は直接捕殺した個体だけでなく、同時にそのヒナ(卵も同様)の命をも奪うことになり、法律および動物倫理の両面で問題がある。今回の調査ではこの件について質問事項はとくに設けなかったが、前項のコロニーでの駆除の問題と対になる事案であり、また鳥獣保護の根幹にかかわる問題でもあるため敢えてここに一項を設ける。
繁殖期の駆除については、指針に「有害鳥獣捕獲対象以外の鳥獣の繁殖に支障がある期間は避けるよう考慮するものとする。」との規定がある。つまり国としては、鳥獣の繁殖に悪影響がないよう配慮はするが、それはあくまで駆除対象以外の鳥獣に対してであって、駆除対象鳥獣については特別な配慮を要求しないとの立場をとっている。この考え方は多くの都道府県にそのまま踏襲されており、34都道府県が第11次鳥獣保護事業計画に指針同様の規定を盛り込んでいる(表3。同計画のアオサギに係るさらに詳細な規定事項については付表4、5、6、7を参照)。
一方、14府県はこれとは別に独自の規定を置いている(このうち7府県は指針と同内容の規定を併記)。たとえば、宮城、秋田、石川、徳島、香川の各県は、繁殖期において駆除を避けるべき対象を駆除対象以外の鳥獣からすべての鳥獣に拡張している(注1)。つまり、これらの県は繁殖期におけるアオサギの駆除を基本的に許可していないということである。この他にもいくつかの自治体でこれに類する規定が見られる(注2)。しかし、大半の自治体はアオサギが子育て中であるかどうかにかかわらず、有害とみなせば駆除を行っているのが現状である。
ここではまず、繁殖期に駆除を行うことの違法性について考察する。通常、アオサギはつがいが交代で抱卵し、ヒナの孵化後も約4週間はいずれか片方の親が必ず巣に留まる。つまり、こここまでの期間は両親が揃わなければ子育てはできないということである。仮にどちらかの親が駆除されると、残った親は採餌のために巣を空けなければならず、その間、ヒナは全くの無防備で巣に残されることになる。こうしたヒナはカラスなどの捕食者に狙われ、生き延びる可能性はほぼ皆無といってよい。アオサギの場合、通常1羽から5羽のヒナが巣立つことから、成鳥1羽を駆除することによる犠牲は最大で6羽に達する。5週目以降になるとヒナが外敵に襲われることはなくなる(注3)が、片親ではヒナへの給餌量が半減するため、餓死せず生き延びられるヒナの数は大幅に減ることになる。
このように、繁殖期の駆除では、成鳥1羽の捕殺が複数のヒナの斃死を同時に引き起こす可能性が極めて高い。しかし、現状では駆除を計画するにあたってこうしたヒナの犠牲はまったく考慮されておらず、駆除実績の報告にも直接捕殺した羽数が記録されるだけである。指針では、駆除数を「被害を防止する目的を達成するために必要最小限の数」と定めているが、仮に何らかの根拠に基づいて必要最小限の羽数を設定したところで、繁殖期に駆除を行えば実質的な駆除数が予定した駆除数を大幅に上回ることは避けられない。直截に言えば、繁殖期の駆除は許可なくヒナの捕殺を行っているのに等しい。
ところで、アオサギは他の多くの鳥類同様、つがいごとにヒナ数や繁殖時期が異なるため、繁殖期の駆除においては親鳥の捕殺によるヒナの死亡数を正確に見積もるのは不可能である。このため、直接捕殺したアオサギの羽数をいくら厳密に記録したところで、アオサギ個体群に対する駆除の影響予測は著しく精度の低いものにならざるを得ない。このような状況で科学的な鳥獣管理が行えないのは明らかである。
また、繁殖期の駆除は倫理面での問題も大きい。「動物の愛護及び管理に関する法律」では第2条の基本原則で「動物が命あるものである」ことが言及されており、他にも条文の各所に同様の文言が繰り返し現れる。同法は野生動物を対象にしたものではないが、動物が命ある存在であり、ゆえに尊ぶべきとする考え方は現代社会のコンセンサスとして疑いなく受け入れられているものである。この基本理念に関して、同法が対象としている動物と鳥獣保護法が対象としている野生動物の間に線引きがあってはならない。
また、指針には「捕獲個体を致死させる場合は、できる限り苦痛を与えない方法」をとるようにとの規定がある。育雛期の親鳥を駆除すれば残されたヒナは捕食者に襲われるか餓死するかのいずれかであり、たとえ人間が直接手を下さなくてもヒナが死に至るまで苦痛を強いられるのは必至である。アオサギが一部の人間にとっていかに有害であろうと、生き物としての尊厳を軽視するような行為は決して許されるべきではない。
このように、営巣期間中の捕殺は管理計画の科学的正当性が保証されない上に、倫理面でも看過できない多くの問題を抱えている。こうした無視できない問題がある以上、同期間中に生じる被害については、追い払い等、捕殺以外の方法で対処するのが妥当であり、危急に対応が必要な甚大な人的被害がある場合を除き、殺傷を伴う行為は一切禁止すべきである。
(注1)徳島、香川両県は、鳥獣ではなく鳥類に限定している。また、文中に示した5県の他、山梨、宮崎の両県においても、許可基準の表中に「鳥獣」の繁殖に支障がある期間については許可しないとの記載がある。ただし、両県は本文中に指針同様の文言を入れているため、許可基準表中の「鳥獣」の語は「駆除対象でない鳥獣」の意味で用いている可能性があると判断した。このため文中の5県にはこれら2県は含めていない。なお、徳島県については本文中に指針同様の文言が記載されているが、許可基準表中に「鳥類にあっては、その種の繁殖期間を除く」との明白な記述がある上、予察表でも繁殖期(ただし5月のみ)を除いた駆除計画が示されていることから、同県の計画においては「鳥類」の語はすべての鳥類を指しているものと判断した。また、高知県は、すべての鳥類について「4月1日から7月31日までの期間は原則として銃器による駆除は許可しません」との規定を設けているが、「現に被害が発生している場合及びわな、あみによる捕獲できない場合」はこの規定の適用外としているため、アオサギについては実質的に適用されないものとみなした。
(注2)千葉県は「サギ類の集団繁殖地(中略)に係る捕獲許可は特に慎重に取り扱う」ことと定めており、広島県は「原則コロニーの繁殖期の許可はしない」と定めている。また、岐阜、三重、京都、長崎の各府県は、愛鳥週間(5月10日〜16日)中の駆除を避けるように指示している。
(注3)ここでは一般的な捕食者であるハシブトガラスを念頭に置いている。大型の猛禽やヒグマ、アライグマなど特殊な捕食者がいる環境ではこの限りではない。