4.(1) 生息状況調査に係る問題
今回の調査で、都道府県はアオサギの生息状況調査をほとんど行っていないことが明らかになった(注1)。この状況は市町村においても同様である。
アオサギはときに数千キロにも及ぶ長距離の渡りを行い、繁殖期においても半径数十キロの行動圏をもつなど、その行動範囲の広さから広域管理が必要な種であることは明らかである(「5. アオサギの管理指針」参照)。このような種を管理するためには都道府県レベルで生息状況を把握しておくことが不可欠であるが、アンケート結果に示されたように、ほとんどの都道府県はまったく調査を行っていないない。アオサギの駆除実績が無いかあってもごく少数の場合は調査の優先順位が低くなるのはやむを得ないが、相当数のアオサギを駆除している都道府県においてすら調査が行われていないのは極めて憂慮すべき事態といえる。
一方、市町村については、当該事項について尋ねた13県20市(うち10県16市は県から権限委譲済み)のうち生息調査を実施していたのは福岡県の1市(注2)のみであった。また、7県8市では状況をまったく把握しておらず、それ以外の市町村も、データをもたず担当者の多分に感覚的な所感に頼っているところがほとんどであった。
指針では、有害駆除は科学的な知見に基づき計画的に実施するようにと定められている。科学的かつ計画的であるためには、何を置いてもまず生息状況の把握が不可欠である。アオサギは大型で人目につきやすい場所で集団繁殖するため、観察が容易で目撃情報も得られやすい。その上、市町村単位で見れば、よほど特殊な環境でない限り、調査すべきコロニーは数ヶ所に過ぎない(注3)。すなわち、アオサギの生息状況は他の鳥獣にくらべはるかに把握しやすいといえる。アオサギを効果的に管理するには、コロニーの位置および規模、継続年数、繁殖成績、営巣環境、餌場環境等の調査が必要となるが、最も重要なのはコロニーの位置と営巣数であり、最低でもこの二要素については常に把握しておくべきである。なお、アオサギ個体群保全の観点からは、被害地域内のコロニーだけではなく、個体の移出入が予想される周辺コロニーを含めた広域コロニー群単位での生息状況の把握が必要とされる。これについては「5. アオサギの管理指針」に詳述する。
生息状況把握の必要性については、上に挙げた指針以外にも、直接、間接に言及している法規定は多い。たとえば、平成23年12月に改正された鳥獣保護法では、第78条の2に「環境大臣及び都道府県知事は、鳥獣の生息の状況、その生息地の状況その他必要な事項について定期的に調査」を行うものとするとの条項が加えられている。先に述べたとおり、アオサギは広域での管理が必要な種であり、このことが国や都道府県が主体的に生息状況調査を行わなければならない主な理由であるのは間違いない。しかし、同規定はそうした特別な事情の有無にかかわらず無条件で調査を義務付けていることに注目すべきである。
また、平成24年3月に一部改正された特措法では、第13条2に「国及び地方公共団体は、(中略)、農林水産業等に係る被害の原因となっている鳥獣に関し、その生息環境等を考慮しつつ適正と認められる個体数についての調査研究を行うものとする」(注4)との新たな条項が加えられている。同法は「適正と認められる個体数」の設定基準を定義していないが、どのような基準であれ、算定根拠の中には当該地域の生息状況を必ず考慮する必要がある。とくにアオサギの場合は、その生態的な特性上、環境要素をもとに地域の個体数を推定することが極めて難しい(注5)ことから、実際の生息状況を知ることが不可欠であり、現地で得られた情報をベースにして算定された基準以外はまったく意味をなさないものと考えるべきである。
さらに、鳥獣保護法第9条には「鳥獣の保護に重大な支障があるとき」および「生態系の保護に重大な支障を及ぼすおそれがあるとき」は駆除を許可してはならないとの規定があるが、生息状況が把握されていない状況では、個体群や生態系に対する駆除の影響を予測することすら不可能である。結果として、生息調査を行っていない自治体は同法の規定に抵触する懸念を排除できない。
以上のように、アオサギの生息実態が把握できていない状況での駆除は法的にも問題が多いが、法の規定がどうであれ、アオサギを科学的に管理するためには、あらゆる局面において生息状況に係る情報が最も重要であることに議論の余地はない。鳥獣管理においては、生息状況の把握なくしていかなる判断も意味をなさないことを徹底して理解すべきである。
(注1)今回のアンケート調査では設問にモニタリングという語を用いたこともあり、回答は現時点で継続中の調査に限定されていると考えられる。過去に行われた調査としては、長野県で2007年から2009年まで全県を対象として行われた生息状況調査(県の機関である長野県環境保全研究所が実施)の例がある。また、民間の団体等が実施した調査を自治体が生息状況把握の参考にしていた例もある。たとえば、北海道では北海道アオサギ研究会が2000年代前半に全道で調査を行っており、道はその調査報告を参考にしたという。当研究会では、こうした民間の研究機関や大学、個人等による調査が過去15年ほどの間に上記事例を含め少なくとも7道府県(北海道、長野県、茨城県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県)で行われていたことを確認している(2.(2)の注1参照)。自治体は独自調査ができない場合には、このように外部で行われた調査の結果を積極的に活用すべきであり、また、こうした調査結果を常時利用できるように情報収集体制を整えておくべきである。
(注2)同市では、駆除を申請した漁協に当該河川流域での「害鳥生息調査」を委託しており、その調査対象にアオサギが含まれているという。
(注3)たとえば北海道には約80ヶ所のコロニーがあるが、一市町村あたりのコロニー数は多いところでも3ヶ所ていどである。ただし、都市域のような特殊な環境では狭い区域に多数のコロニーが併存することもある。
(注4)「適正と認められる個体数」については、「適正」さの主体が具体的に示されていないため解釈には注意が必要である。仮にここでの「適正」さが、当該種の自然生態系における生態学的位置付けを評価する語として使われているのであれば、アオサギの場合はそうした評価基準そのものが意味をなさないことになる。恒常的な捕食者をもたないアオサギの場合、その個体数は主に餌資源量により決定されるため、生態系の許容範囲を超えて個体数が増加することはありえない。すなわち、アオサギの個体数は生態系の要求する「適正」さに必ず収まっているとみなすのが妥当である。この点、シカなどのように、上位捕食者の絶滅などの不可逆的かつ質的な変化が生じた結果、個体数が大幅に増加したケースとは明確に分けて考える必要がある。なお、個体数というのは生物の現況を示す一要素に過ぎず、それだけでは生物の生息状況を表せないことに注意すべきである。本来、生息状況とは、個体数をはじめ分布様式や齢構成等、さまざまな生態的変数の総体として示されるものである。当然、それらの変数の間には相互作用があるため、各要素が外に対してもつ影響の度合いは他の要素の様態に大きく左右される。たとえば、ふたつの地域に同数のアオサギが生息する場合、分布様式など他の変数が異なれば、それらのアオサギがが地域に与えるインパクトも異なり、必然的に人への被害程度も異なるということである。個体数に適正な水準を求めるという考え方は、平成26年5月に成立した改正鳥獣保護法においてもとくに強調されているものであるが、これは生息の現況を個体数で代表させようとするもので、鳥獣の生態を単純化しすぎた誤った考え方といえる。鳥獣管理において目指すべきは、生息状況を総体として管理下に置くことであり、個体数など個々の要素のみを管理対象とするのは間違いである。
(注5)アオサギは集団繁殖性の生活様式をもつことから、捕食者等の不確定要素により地域の生息数が極端に変動しかねないという特性をもつ。また、営巣場所、餌場とも利用する環境が多用であり、しかも人間の土地利用のもっとも複雑な領域を生息地としていることが多い。これらのことから、少なくとも広域コロニー群以下のレベルにおいては、環境要素をもとにアオサギの生息数を推定することはほとんど不可能といえる。